高松・高知旅行
2012/03/21 05:32:27
13日から17日にかけて、友人Aさんと懐かしの四国に旅行に行ってまいりましたので報告します。
13日の夜、サンライズ瀬戸からこの旅は始まります。
私は東京から、Aさんは横浜からの乗車です。今回の車内はというとのびのびシートということで期待はしていませんでしたが、掛け布団までついていてまずまずの寝床は確保できました。けど、興奮して、なかなか眠れず・・・。
14日早朝高松に到着し、駅近くの讃岐うどんやさんで軽い朝食となりました。しかしゆっくりもしていられません。それは、高松築港駅8時8分発の仏生山ゆきが琴平線唯一名市交の車両で運転されていることがわかっており、それに乗るためです。一日券を購入して乗車し、栗林公園を観光することにしました。ここでは栗アイスを食べました。
その後駅まで戻り、仏生山の車庫を訪問しました。日中朝だけ運用を終えた車両が、順次留置線におかれています。奥には長尾線用611編成の検査が行われているのが見えました。なので、長尾線は1編成だけの運用
?その後元京急車に乗り、琴電琴平を目指します。
金毘羅さんに来るのはこれで2回目。以前サークルの合宿で来たそうですが、私は行っていないので。お参りまで何段あったでしょう、歩き疲れました。
下山し昼食をとって琴平から多度津、多度津から噂の本山駅で下車しました。無人駅でしたが、思ってたより閑散としてはいなかったです。
ホテルチェックインの時間が中途半端で、バースデー切符であることから徳島まで特急で往復、軽い睡眠をとることにしました。徳島駅周辺は発達していて、楽しそうな町でしたが、滞在時間は10分なかったという。そしてチェックインし、瓦町駅周辺で食事をして床に就きました。
15日は夕方まで高松市内を観光し、夜高知に到着する予定でした。早朝にしか長尾線600形は動かないということで、7時25分発長尾ゆきということがわかったので、早起きしましたが乗車に間に合わず、仕方がないので途中にある噂の元山駅で戻ってくるのを待つことにしました。
あれ?601号車の運転台席の窓が金属押さえからHゴムに変更・・・、劣化したのでしょうか? 僕的には残念です。その後高松築港に戻ってきましたが、ここで600形(元名市交)同士が並ぶじゃありませんか。ちょっと感動!!
沿線で撮影後、次はJR高徳線で志度に移動。ここで降りて志度線に乗ります。この路線は海沿いを走るため、よい撮影ポイントがたくさんあるんです。どこまでが私有地なのかわからない・・・。以前油絵と描いたところと、同じアングルですね。
また、房前駅付近の公園には、以前使われていた旧型車両が保存されていました。
その後、今橋の車庫を訪問し瓦町に戻ってきました。日中は、この駅の先にある留置線にいくつか止まっているのは有名ですね。ちょっと歩いてみてきました。
いよいよ高松ともお別れ。いざ高知に向かいました。大歩危や小歩危、御免といった面白い駅名を通りました。用着後、高知名物のかつをやなべ物の夕飯となりました。
切符を無駄にしないため、御免~高知間にアンパン列車で夜乗車してきました。
翌日は10時ぐらいまでゆっくりしてしまった。午前中は高知城周辺を散策しました。
また商店街や市場の広さには驚きました。路面電車(土電)も少し撮り鉄しました。低床車も一本あるんですよね。
名鉄から来た車両の並びや、伊野行きとごめん行きの並びも撮りました。
その伊野行きに乗車し、伊野まで行きました。途中のタブレット交換がみものでした。そこから高知駅に普通電車で戻り、特急に乗り換えたのち岡山まで向かいました。ここまで来ると、かなり都会に来た感じを受けます。夜行バスは倉敷から出るのですが、吉備線経由で向かい、途中の総社で降り井原鉄道に乗り換え清音まで行き、伯備線で倉敷まで向かいました。土地勘がないと、どこだかさっぱりわかりませんね。
駅ビルで夕飯を済ませ、帰りの何とかドリームでいざ横浜・新宿へと帰りました。
気が知れた友人との旅行だったので、自由にのんびり旅行を楽しめました!
13日の夜、サンライズ瀬戸からこの旅は始まります。
私は東京から、Aさんは横浜からの乗車です。今回の車内はというとのびのびシートということで期待はしていませんでしたが、掛け布団までついていてまずまずの寝床は確保できました。けど、興奮して、なかなか眠れず・・・。
14日早朝高松に到着し、駅近くの讃岐うどんやさんで軽い朝食となりました。しかしゆっくりもしていられません。それは、高松築港駅8時8分発の仏生山ゆきが琴平線唯一名市交の車両で運転されていることがわかっており、それに乗るためです。一日券を購入して乗車し、栗林公園を観光することにしました。ここでは栗アイスを食べました。
その後駅まで戻り、仏生山の車庫を訪問しました。日中朝だけ運用を終えた車両が、順次留置線におかれています。奥には長尾線用611編成の検査が行われているのが見えました。なので、長尾線は1編成だけの運用
?その後元京急車に乗り、琴電琴平を目指します。
金毘羅さんに来るのはこれで2回目。以前サークルの合宿で来たそうですが、私は行っていないので。お参りまで何段あったでしょう、歩き疲れました。
下山し昼食をとって琴平から多度津、多度津から噂の本山駅で下車しました。無人駅でしたが、思ってたより閑散としてはいなかったです。
ホテルチェックインの時間が中途半端で、バースデー切符であることから徳島まで特急で往復、軽い睡眠をとることにしました。徳島駅周辺は発達していて、楽しそうな町でしたが、滞在時間は10分なかったという。そしてチェックインし、瓦町駅周辺で食事をして床に就きました。
15日は夕方まで高松市内を観光し、夜高知に到着する予定でした。早朝にしか長尾線600形は動かないということで、7時25分発長尾ゆきということがわかったので、早起きしましたが乗車に間に合わず、仕方がないので途中にある噂の元山駅で戻ってくるのを待つことにしました。
あれ?601号車の運転台席の窓が金属押さえからHゴムに変更・・・、劣化したのでしょうか? 僕的には残念です。その後高松築港に戻ってきましたが、ここで600形(元名市交)同士が並ぶじゃありませんか。ちょっと感動!!
沿線で撮影後、次はJR高徳線で志度に移動。ここで降りて志度線に乗ります。この路線は海沿いを走るため、よい撮影ポイントがたくさんあるんです。どこまでが私有地なのかわからない・・・。以前油絵と描いたところと、同じアングルですね。
また、房前駅付近の公園には、以前使われていた旧型車両が保存されていました。
その後、今橋の車庫を訪問し瓦町に戻ってきました。日中は、この駅の先にある留置線にいくつか止まっているのは有名ですね。ちょっと歩いてみてきました。
いよいよ高松ともお別れ。いざ高知に向かいました。大歩危や小歩危、御免といった面白い駅名を通りました。用着後、高知名物のかつをやなべ物の夕飯となりました。
切符を無駄にしないため、御免~高知間にアンパン列車で夜乗車してきました。
翌日は10時ぐらいまでゆっくりしてしまった。午前中は高知城周辺を散策しました。
また商店街や市場の広さには驚きました。路面電車(土電)も少し撮り鉄しました。低床車も一本あるんですよね。
名鉄から来た車両の並びや、伊野行きとごめん行きの並びも撮りました。
その伊野行きに乗車し、伊野まで行きました。途中のタブレット交換がみものでした。そこから高知駅に普通電車で戻り、特急に乗り換えたのち岡山まで向かいました。ここまで来ると、かなり都会に来た感じを受けます。夜行バスは倉敷から出るのですが、吉備線経由で向かい、途中の総社で降り井原鉄道に乗り換え清音まで行き、伯備線で倉敷まで向かいました。土地勘がないと、どこだかさっぱりわかりませんね。
駅ビルで夕飯を済ませ、帰りの何とかドリームでいざ横浜・新宿へと帰りました。
気が知れた友人との旅行だったので、自由にのんびり旅行を楽しめました!
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